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三重県鈴⿅市神⼾地区は神⼾城の城下町として栄え、伊勢参宮街道の宿場町でもありました。現在も古い町並みを残し、⾒附跡(三重県指定⽂化財)や常夜灯、道標なども当時のまま残されています。

『かんべの⽯取祭』の歴史は明治三⼗年頃、常盤町(ときわまち)‧北萱町(きたかやまち)‧南萱町(みなみかやまち)・橋北三町(はしきたさんちょう)が⽯取祭発祥の地である桑名より祭⾞を譲り受け、それまで⾏われていた夏祭とあわせ祭⾞を曳き、⽯取祭へと変遷したと伝えられています。

明治から⼤正までは常盤町、北萱町、南萱町の三町で祭が⾏われ、その後、昭和に⼊ると地⼦町(じしまち)、続いて東⽯橋町(ひがしいしばしちょう)、現在の六郷連(ろくごうれん)、東町(ひがしまち)が参加しました。そして、平成に⼊って北⼗⽇市町(きたとおかいちちょう)、北新町(きたしんまち)が新たに参加し祭⾞8台を擁する祭へと発展しました。

それぞれ町の半纏(はんてん)を背負い、勇猛で威勢のいい祭衆が掛声とともに鉦と太⿎を打ち鳴らし、神⼾町内を祭⾞が巡⾏する様⼦は、神⼾の夏の⾵物詩となっています。神⼾宗社へ献⽯と鉦⿎を奉納する「渡祭(とさい)」では⼈々の熱気と興奮が最⾼潮となります。

神戸石取祭事委員会

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